約60,000社。トヨタ自動車の公式資料が、国内の主に部品のサプライチェーンを説明するときに置いている数字である。筆者はこれを最初に見たとき、頭の中で「取引先が6万社ある会社」と言い換えた。そして、同じ会社の別の公式ページに約8,500社という数字を見つけたとき、どちらかが古い値なのだろうと片づけてしまった。これは調査としての失敗だった。二つの数字は新旧だけでは説明できず、少なくとも数えている範囲が違う。範囲を確かめずに大きいほうだけを覚えていたので、筆者はサプライチェーンという言葉の意味を、取引先の多さという一点に縮めていた。

サプライチェーンの意味を具体的につかむなら、定義を暗記するより、一つの数字を分解してみるほうが早い。以下では約6万社という数字をいくつかの列に割り、そこから供給網の構造と、お金が流れる向きをたどっていく。

約6万社という数字を、範囲ごとに分けて置く

公式資料の図は、車両を組み立てるメーカーの手前に部品等を納めるTier1を置き、その上流にTier2、Tier3、Tier4以下を重ねている。階層ごとに会社数が記されており、Tier1は部品で約400社、資材・設備等を含めると約1,300社、そして国内の主に部品の供給網全体は延べ約60,000社とされている。一方、同社の採用情報の記事では、国内で直接取引する仕入先を部品・資材・設備等あわせて約8,500社としており、こちらには2023年10月時点という時点が付いている。

会社数は、どの範囲を数えた値か
数えている範囲 会社数 付されている条件
Tier1のうち部品 約400社 階層別の記載
Tier1(資材・設備等を含む) 約1,300社 階層別の記載
国内で直接取引する仕入先(部品・資材・設備等) 約8,500社 2023年10月時点
国内の主に部品の供給網全体 延べ約60,000社 延べでの計上

出典:トヨタ自動車「サプライチェーンにおける適正取引と競争力」、同社採用情報「調達」。いずれも資料掲載値。

四つを縦に並べると、足し算で検算できない理由が見えてくる。第一に、数える対象が違う。部品だけを数えた列と、資材・設備等まで含めた列が混ざっている。第二に、数える距離が違う。直接取引する相手までを数えた列と、その先の上流まで通して数えた列が混ざっている。延べという語が添えられている以上、この数字は実数としての企業数とは区別して読む必要があり、約1,300社や約8,500社とそのまま足し引きできる値ではない。筆者が並べ損ねていたのは、この対象と距離の二点だった。

Tier1の約1,300社から全体の延べ約60,000社まで、数字は一気に跳ね上がる。この跳ね方自体が、サプライチェーンという言葉の広さを表している。延べ約60,000社は、Tier1より上流のTier2、Tier3、Tier4以下まで集計範囲を広げた数字であり、Tier1だけを数えた約1,300社とは単純に比較できない。会社数の多さを「取引先の広さ」とだけ捉えると、この集計範囲の違いが見えなくなる。

サプライチェーンという言葉は、どこからどこまでを指すのか

経済産業省の通商白書2021は、サプライチェーンを、商品の企画・開発から原材料・部品の調達、生産、在庫管理、配送、販売、そして消費まで、商品が最終消費者に届くプロセス全体として説明している。調達や物流の手配だけを指す言葉ではない、というのがこの定義の要点である。設計図を引いている段階と、店頭で売られて使われる段階が、同じ一本の連鎖の中に置かれている。

意味の輪郭をこう置くと、約6万社という数字の位置も決まる。あの数字が覆っているのは、連鎖のうち部品が上流から流れてくる側であって、完成した車が販売網を通って利用者に届く下流側は入っていない。言葉の意味の広さと、手元の数字が数えた範囲は、一致しない。数字を引用するときに範囲を書き添える必要があるのは、この不一致があるからだ。

つながりは縦に伸び、横にも渡る

同じ白書は、企業間の関係を二つに分けている。一つは、部品を供給する企業から最終製品を作る企業へと続く上流・下流の垂直関係である。もう一つは、同業の企業同士が共同開発や生産委託で結ばれる水平関係である。さらにこれらは国境を越える場合があり、一社の工程図をどれだけ細かく描いても、その外側に伸びた線は図の中に収まらない。

部品の箱をトラックに積み込む工場の搬出口

地図で言えば、垂直関係は谷筋を下る川の流れで、水平関係は尾根を越える峠道にあたる。川だけを追うと、隣の流域とつながっている道を見落とす。Tierという語はもともと階層を表すので、階層図を眺めているとどうしても縦の線ばかりを追うことになる。筆者が最初に取り落としたのも、峠道の側だった。

お金は、どちら向きに流れているのか

構造の線が引けたら、次はその上に金額を重ねる。同資料には、年間発注額として国内約10兆円、グローバル約20兆円という資料掲載値がある。加えて、調達対象の発注総額のうち約80%が部品とされており、これも国内・グローバルいずれの発注額とも別に、調達対象の内訳を示す資料掲載値として扱う。

ここで一つ、筆者が自分に禁じている計算がある。会社数と発注額を割って一社あたりの金額に直すことだ。会社数の列は範囲も時点もそろっておらず、金額の列とは数える単位が違う。資料掲載値として扱う限り、この二つは別の列に置いたままにしておくほうが、読み筋を踏み外さない。

向きも確認しておきたい。発注額は、完成車を売る側から上流の仕入先に向けた購買規模を示す手掛かりであり、仕入先側では受注や売上につながっていく。ただし発注額と会計上の支払額・売上高は、計上の時期や範囲が異なりうるため、同一の金額とは限らない。連鎖の一点に立つ会社は、上流への発注と下流からの受注の両方を持っている。業界のつながりを読むとは、この二方向の金額を、会社ごとに向きを間違えずに並べ替える作業に近い。

この三手は、自動車に限った読み方ではない。小売や素材といった別の業界でも、起点を顧客側に置き、そこから部品や原材料の供給企業を遡り、最後に金額の内訳を確認するという順番は変わらない。扱う資料が有価証券報告書のセグメント情報であっても、公式サイトのサプライチェーン資料であっても、「対象範囲」「時点」「金額の方向」の三つが、まず確認したい基本の項目になる。

調達という機能が、社外と社内をつなぐ

供給網は、会社と会社を結ぶ線だけでできているわけではない。同社の75年史の調達の記述は、調達という機能が、車両の開発、生産準備、量産、補給というそれぞれの段階で、仕入先と、設計・生産準備・製造といった社内の機能をつないできたと説明している。外に伸びる線の内側には、社内の部門をまたぐ線がある。

この視点を加えると、階層図の読み方が変わる。Tierの図は「誰から買うか」の一覧ではなく、「どの段階で、社内のどの機能と話が噛み合っていなければならないか」の図として読める。部品の仕様を調整する場面では、仕入先だけでなく、設計や生産準備との連携も論点になる。供給網を読む際には、こうした社内外の接点にも目を向ける必要がある。

業界のつながりを読む、三つの順番

筆者が一つの産業を調べるとき、順番は三つに決めている。第一に、最終製品と、それを買う顧客を紙の右端に書く。起点を上流に置くと、どこまで遡れば十分なのかが決まらないからだ。第二に、その製品に必要な部品・資材を箇条書きにし、Tier別に供給する企業を左へ、つまり上流へたどる。第三に、発注額や調達対象の内訳を確認し、金額の大きい列に印を付ける。階層別の会社数と調達対象別の発注比率が併記されている資料は、この三手がそのまま試せる教材になる。

各段で書き写す項目も決めておくと手が止まらない。会社数の欄には必ず「対象範囲」と「時点」を並べて書く。金額の欄には「国内かグローバルか」と「年間かどうか」を書く。公式資料に金額の内訳が載っていない産業なら、EDINETでセグメント情報を探して事業別の売上と利益をたどる手順に切り替え、部門別の数字から大きい列を探す。売上の一行を事業ごとに割り戻す作業の進め方は、ビジネスモデルを図解して収益構造を読む手順にまとめてある。

業界ごとに当てはめるなら

筆者はこれまで、自動車・小売・素材と業界を変えながら同じ読み方を試してきた。業界が変わっても、確認する項目は変わらない。対象範囲、時点、そして金額がどちら向きに流れているかの三つである。トヨタの資料のように階層別の会社数と発注比率が並んで載っている例は少なく、多くの産業では、有価証券報告書のセグメント情報や決算説明資料から、断片的な数字を一つずつ拾い集める作業になる。それでも、拾った数字をどの列に置くかを決めてから当てはめれば、産業が変わっても迷う場所は少なくなる。業界研究のやり方で挙げた範囲の引き方も、この三手の延長にある。

残る問い

ここまでで整理できたのは二つだ。サプライチェーンの意味は調達の範囲ではなく、企画から消費までの連鎖そのものを指すこと。そして、その連鎖を数えた数字には、必ず対象範囲と時点が貼り付いていること。筆者の失敗は、言葉の意味を取り違えたというより、数字に貼り付いた札を読まずに並べたことだった。

それでも、分からないことのほうが多く残る。延べ約6万社という連なりの中で、利益はどの階層にどれだけ残っているのか。会社数と発注額という二つの列だけでは、そこに答えは出ない。読者が関心を持っている産業では、連鎖のどこが最も混み合っているだろうか。そして、その混み合った場所の数字は、どの範囲を、いつの時点で数えたものだろうか。筆者は次に開く一枚を決める前に、この二つの問いを先に紙に書いておくことにしている。