339,790百万円という一行から、その会社が誰に何を売り、どこで利益を残しているのかを一枚の図に描けるだろうか。ビジネスモデルの図解とは、突き詰めればこの作業である。合計として示された数字を顧客の側と提供物の側へ割り戻し、その間を流れる矢印に名前を付けていく。筆者は有価証券報告書を年に二百社分ほど読むが、本当に手が動きはじめるのは要約を読む場面ではなく、売上高という合計を分解しはじめる場面だ。
一つの売上高を、どこから来たかで割る
先の数字は、キヤノンマーケティングジャパンの2026年12月期第2四半期のものである。対象期間は2026年1月1日から6月30日、公表日は2026年7月24日で、連結売上高339,790百万円に対して営業利益は32,488百万円、全社でみた営業利益率は9.6%にあたる(2026年12月期 第2四半期決算短信)。ただし、この二つを眺めているかぎり見えるのは規模だけで、会社の形は見えてこない。
| 項目 | 外部顧客への売上高 |
|---|---|
| エンタープライズ | 132,077 |
| エリア | 113,128 |
| コンスーマ | 68,108 |
| プロフェッショナル | 24,020 |
| その他 | 2,455 |
同じ資料には、外部顧客への売上高が報告セグメントごとに開示されている。エンタープライズ132,077百万円、エリア113,128百万円、コンスーマ68,108百万円、プロフェッショナル24,020百万円、その他2,455百万円。連結売上高のほぼ全体が、この五つの報告セグメントとして姿を現す。ここに図を描く場所ができる。五つに分けることで、各セグメントの顧客、提供物、販売経路の違いを調べる起点ができるし、セグメントごとに原価のかかり方も違うはずだ、という仮説も立てられるからだ。
図に置く部品は、顧客から現金までの七つ
部品の名前を自分で発明する必要はない。経済産業省の価値協創ガイダンスは、ビジネスモデルを、経営資源を投入して製品やサービスをつくり、顧客や社会に価値を提供し、その価値を持続的な企業価値の向上やキャッシュフローの創出につなげる仕組みとして定義している(価値協創ガイダンス解説資料・2018年3月)。この定義をそのまま読み替えれば、図に置く箱は、顧客、提供価値、経営資源、バリューチェーン上の位置、収益源、コストや利益率を生むドライバー、そしてキャッシュフローになる。
並びで効いてくるのは順番よりも終点である。筆者は以前、ある企業の利益率の高さだけを見て事業の中身を整理し、営業キャッシュフローが悪化していたことを見落とした。利益の箱で図を終えていたからだ。以来、右端はキャッシュフローに置くようにしている。売れているのに現金が戻ってこない経路は、利益で止まる図の外側に落ちる。利益と現金が別々の書類に記録される事情は、損益計算書・貸借対照表・キャッシュフロー計算書の関係として別に整理した。
矢印に書き込む五つのこと
箱を並べただけの図は、組織図に近づいていく。図が収益構造を語りはじめるのは、矢印に情報が載ったときだ。一本の矢印につき、誰に向かうのか、何を提供するのか、どの経路で対価を受け取るのか、その過程でどのコストを負担するのか、結果がどの指標に表れるのか。この五つを書き込めるかどうかで、図の検証可能性が決まる。五つ目まで埋まっていれば、読み手は決算資料のセグメント数値を開いて、図が現実と合っているかを自分で確かめられる。
逆に言えば、埋まらない矢印は、まだ理解できていない場所を指している。対価の経路が書けないなら収益源の把握が甘く、負担するコストが書けないなら原価構造を追えていない。筆者は埋まらない矢印に印を付けておき、開示資料を読み直すときの宿題にしている。図の空白は欠陥ではなく、次に調べる場所の一覧である。
自社を描くときは、収益源から始めない
白紙から自社のモデルを描く場合には、組み立ての順番がある。経済産業省の新規事業向け研修資料は、第一に顧客の課題、第二に顧客、第三に解決策と顧客価値、第四にマネタイズ、第五に社内資源、第六にパートナー、第七に事業採算という順で要素を積み上げ、そこから事業企画書へ展開する手順を示している(新規事業創出のフレームワークと活用)。
この順番は、図解にありがちな落とし穴を避ける形になっている。課題と顧客が先に来て、マネタイズは四番目だ。収益源から描きはじめると、課金の仕組みは精密なのに、誰のどんな困りごとを引き受けているのかが曖昧な図ができあがる。採算が最後に置かれているのも同じ理由で、前の六つが決まらなければ、何を何で割るのかが定まらない。
他社を描くときの入り口は、会社自身が出している
他社を読む場合は、白紙ではなく公開資料が出発点になる。有価証券報告書の「事業の内容」では、主な事業内容や関係会社の位置付けを、セグメント情報との関連を含めて系統的に説明し、事業系統図などで示すことが記載されている(事業報告等と有価証券報告書の一体的開示のための取組)。図解の下描きは、すでに会社自身が提出しているわけだ。
形式も事業系統図だけに縛られてはいない。実態に応じて図や表を組み合わせ、セグメント情報や主要な関係会社との対応関係を示すことができる。読む側の作業は、系統図の箱にセグメントごとの売上高と利益を書き込み、関係会社と顧客をひも付けていくことになる。先の五つの塊も、この手順を踏めば図のどの位置に座るのかが決まる。なお、地図の比喩で言えば系統図は測量図であって、再編があれば線は引き直される。筆者は古い版の業界地図を引用して恥をかいたことがあり、いまは箱を書き写す前に資料の公表日を見るようにしている。
利益の出どころは、どのドライバーか
塊ごとの利益率を並べると、次の問いが立ち上がる。
| セグメント | 外部顧客への売上高(百万円) | セグメント利益(百万円) | 利益率 |
|---|---|---|---|
| エンタープライズ | 132,077 | 11,534 | 8.7% |
| エリア | 113,128 | 12,960 | 11.5% |
| コンスーマ | 68,108 | 6,671 | 9.8% |
| プロフェッショナル | 24,020 | 2,703 | 11.3% |
| その他 | 2,455 | △1,465 | — |
出典:キヤノンマーケティングジャパン 2026年12月期第2四半期決算短信。利益率は筆者が計算(セグメント利益÷外部顧客への売上高)。
売上高の順位と利益率の順位はそろっていない。この差がどこから来るのかを問うとき、価値協創ガイダンスの整理が手がかりになる。売上高や利益は結果であり、その手前には、市場や需要動向といった成長のドライバー、生産能力・人員・研究開発・技術といった供給力のドライバー、価格決定力やコスト管理、固定費と変動費の構造といったマージンのドライバーがある。図の矢印のどれがどのドライバーに触れているかを見ていくと、利益率の差は性格の差として説明できる形になる。率そのものの計算方法と業種ごとの水準は、営業利益率の計算と業種別の目安で扱った。
次に開く一枚
次に開く書類を一つ決めるとすれば、気になっている会社の有価証券報告書の「事業の内容」だろう。事業系統図を一枚印刷し、箱の横に直近のセグメント売上高と利益を鉛筆で書き込む。それだけで合計の一行は構成に戻り、矢印の足りない場所が浮かび上がってくる。図が一度で完成しないことは、おそらく問題ではない。埋まらなかった矢印が、その会社について次に何を調べるのかを教えてくれる。