10,060,464円。これは、トヨタ自動車が2026年3月期の有価証券報告書に記した、提出会社の従業員の平均年間給与である。同じ欄には、対前事業年度増減率2.4%、従業員数73,133人、平均年齢40.5歳、平均勤続年数15.1年が並んでいる。
この一行は、企業研究や転職の話題では「その会社の年収」として引かれやすい。ただし筆者は、年間二百社分の有報を読む仕事柄、金額の桁を見る前に対象範囲の注記へ目を落とす癖がついている。平均値というものは、分子に何を入れ、分母を誰で数えたかによって姿を変えるからだ。以下では、有価証券報告書の年収欄が何を測った数字なのかを分解し、企業間で並べるときに筆者が確かめている項目を順に書いていく。
年収に関わる一行は、どの項目に載っているか
有価証券報告書の中で給与の数字が出てくるのは、従業員の状況という項目である。ここには、連結会社の従業員数、提出会社の従業員数、そして提出会社の従業員の平均年齢・平均勤続年数・平均年間給与が並ぶ。2026年3月31日以後に終了する事業年度の有報では、この項目は第4【提出会社の状況】の中に置かれる。先に挙げたトヨタ自動車の例でも、これらの数値は一つの頁にまとまって記載されている。
第一に押さえておきたいのは、ここでいう平均年間給与が、提出会社の最近日現在の従業員を対象とした平均値だという点である。社内の給与台帳を要約した総覧ではなく、様式が定めた範囲で切り出された一つの代表値にすぎない。したがって「この会社の年収はいくらか」という問いに対して、有報が返しているのは「提出会社の従業員を、この基準で平均するといくらになるか」という限定つきの答えである。限定の中身を読まずに金額だけを持ち出すと、答えの射程を取り違えることになる。
書類そのものへ到達する経路は本稿の主題から外れるが、提出日や対象年度の確認を含めた探し方は、EDINETで有価証券報告書を探し、セグメント情報をたどる手順に分けて書いた。年収欄を見る場合も、開いている書類が目的の事業年度のものかどうかを確かめる作業は変わらない。
連結390,927人と提出会社73,133人、給与欄が数えるのは後者
従業員の状況には、通常二つの人数が載る。連結会社の従業員数と、提出会社の従業員数である。先の例では、連結390,927人に対して提出会社は73,133人であり、提出会社は連結の約18.7%にあたる。そして平均年間給与は、この73,133人の側に紐づく数字であって、390,927人を平均した値ではない。
| 項目 | 2026年3月期(トヨタ自動車) |
|---|---|
| 連結会社の従業員数 | 390,927 |
| 提出会社の従業員数 | 73,133 |
ここが、企業間比較でもっとも崩れやすいところだと筆者は見ている。海外子会社や製造子会社を多く抱える会社ほど、連結の人数と提出会社の人数は離れていく。グループ全体の規模感と、給与欄の対象範囲を混ぜて語れば、同じ「その会社の年収」という言葉が、会社ごとに別の母集団を指すことになる。金額を書き写す前に、給与欄がどの提出会社のどの従業員を対象にしているのかを先に確かめる、という順序になる。この区分は、トヨタ自動車の2026年3月期有価証券報告書でも同じ頁の中に並記されている。
提出会社と連結子会社の人数が分けて記載されるのは、グループ全体の事業が複数の会社に分かれて担われているからでもある。どの会社がどの範囲の売上や利益を計上しているかを追う読み方は、売上高一行をセグメントに割り戻し、収益構造を読む手順に近い作業であり、年収欄の対象範囲を確かめる作業も、結局は「この数字はどの範囲を指しているか」という同じ問いに戻ってくる。
臨時従業員の扱いも、同じ欄から読み取れる。先の例では、期間従業員・パートタイマー・派遣社員が臨時従業員に含まれ、その平均人員は外数として示されている。臨時従業員は従業員数とは別に外数表示されている。平均年間給与との対象関係は、各社の従業員区分や注記も併せて確認する必要がある。
金額の側には、何が入っているのか
府令の記載上の注意は、平均年間給与について賞与を含むと定めている。つまり、月例給を12倍しただけの金額ではない。さらに会社によっては、賞与に加えて基準外賃金を含むと注記で明示していることがある。先に挙げた例も、その書き方を取っている。
この違いは、比較の土台に直接効いてくる。仮に10,060,464円を単純に12で割れば月あたり約838,372円という数字が出るが、これは賞与を含んだ年額を月数で割った値であって、毎月の支給額ではない。年額と月額、そして支給総額と手取りは、それぞれ別の数字である。何を足し合わせた年額なのかを先に読まないまま、金額の大小だけで会社を並べれば、含んだ範囲の違いがそのまま順位の差に化けてしまう。
加えて、この一行は従業員一人ひとりの給与や、社内の給与分布を示すものではない。平均値は中心のおおよその位置を一つ示すだけで、散らばりまでは語らない。年収という言葉から読者が思い浮かべる像と、有報の一行が測っている対象は、重なってはいても同じではない。
公開情報だけで比べるなら、そろえる項目を決める
比較の前にそろえておきたい項目は、どれも同じ欄の中に収まっている。筆者が実際に使っている確認の順序を表にすると、次のようになる。

| 確認する項目 | 見るところ | そろわないと起きること |
|---|---|---|
| 対象範囲 | 連結会社の従業員数と提出会社の従業員数 | グループ全体の人数と、提出会社の給与を同じ会社像として語ってしまう |
| 給与に含む項目 | 平均年間給与に付された注記 | 賞与は共通して含まれるが、基準外賃金などの扱いは会社の注記により異なる場合があり、それを確認せずに金額だけで同列に置いてしまう |
| 平均年齢・平均勤続年数 | 平均年間給与と同じ欄 | 年齢構成や勤続年数の違いを、給与水準の差として読む |
| 臨時従業員の扱い | 外数で示された臨時従業員の平均人員 | 臨時従業員の比率が違う会社を、同じ母集団として扱う |
| 人員の著しい増減 | 従業員の状況に記載された事情 | 増減率の動きを、給与改定だけで説明してしまう |
出典:企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(金融庁、2026年2月20日公布)
この五つを同じ事業年度でそろえると、金額の差のうち、どこまでが給与水準の差で、どこからが母集団の違いなのかを切り分けやすくなる。逆に言えば、どれか一つでも欠けた一覧表は、順位としては読めても、水準の比較としては読みにくい。筆者が一覧表を作るときは、金額の列の隣に対象範囲と平均年齢の列を必ず置き、後から見返しても前提がわかるようにしている。
前年との差は、何によって動くのか
2026年3月31日以後に終了する事業年度の有価証券報告書からは、提出会社の従業員の平均年間給与について、対前事業年度増減率の開示が加わった。算式は、最近事業年度の平均年間給与から前事業年度の平均年間給与を引き、それを前事業年度の平均年間給与で割るというものである。従業員の状況の記載位置が第1から第4へ移ったのも、同じ2026年2月20日公布の改正による。
増減率が最初から記載されていれば、前年との差は一目で追える。ただし、この率が動く理由は給与改定だけではない。第二に見ておきたいのは、母集団の側の変化である。採用や事業再編などで年齢・勤続年数を含む従業員構成が変われば、平均値が動く可能性がある。賞与の支給実績や基準外賃金の増減も、同じ一行に合流してくる。
府令は、従業員の人員に著しい増減があった場合、その事情を簡潔に記載するよう求めている。増減率と従業員数の記載、平均年齢と平均勤続年数を同じ画面に並べて読めば、率の動きが給与の側から来たのか、人数と構成の側から来たのかを推し量る材料になる。二年分を並べるだけでも、一行の見え方はかなり変わる。
この一行に、筆者が置いている距離
筆者は以前、ある企業の利益率だけを見て判断し、営業キャッシュフローの悪化を見落としたことがある。一つの数字が整っているときほど、その数字が答えてくれない問いのほうを忘れやすい。平均年間給与も同じ性質を持っていて、桁が大きければ大きいほど、対象範囲や含む項目への注意は後ろに下がっていく。
数字単体を切り離さずに読む姿勢は、年収欄に限った話ではない。損益計算書・貸借対照表・キャッシュフロー計算書を通して会社の一年をたどる読み方を、決算書の読み方:工場の一年を損益計算書・貸借対照表・キャッシュフロー計算書でたどるに別に書いた。平均年間給与の一行も、その中の一つの窓として置くと、桁の大きさに引かれすぎずに済む。
アナリストとして一言添えるなら、有報の平均年間給与は、処遇の優劣を測る物差しというより、その会社がどの範囲の人を自社の従業員として数え、その人たちへの支払いをどう束ねているかを示す欄だ、というのが筆者の見方である。順位として読むか、構造の手がかりとして読むかは、開く人の目的によって分かれるところだろう。